11月1日(土)
18時半頃、関東鉄道龍ヶ崎駅下車。駅前は暗く、人通りもほとんどない。
MAPを街灯に照らしても、どちらがホテルの方角なのか、しばし思案の交差点。そこへ自転車で通りかかった女の子へ道をたずねた。龍ヶ崎西小学校6年の小室早織ちゃん。親切に案内してくれる。
途中、いろいろお話しすると、お母さんは三沢市出身だというではないか!明後日、コロッケを食べに広場に来て!と、約束する。
ホテルの周りは、飲食店も少なくホテルで食事を取ってから、散策に出かける。暗くて細い裏通りをいくつか抜けて、やっとバイパス沿いのコンビニに入る。青森にはない大手である。
レジでふと脇を見ると、さっき別れたばかりの早織ちゃんがいる。お母さんと一緒だという。なんという偶然だろう。早速ご挨拶。ご両親も近くに住んでいるとか、不思議な出会いに龍ヶ崎がすばらしい町に思えてきた。
11月2日(日)
ホテルの朝食は、ご飯がおいしくおかずも多い。龍ヶ崎は米どころらしい。外は小春日和とでもいうのか、ほんわか暖かい。龍ヶ崎高校は、昔の龍ヶ崎城跡だということで、急な石の階段がずっと続いている。途中、龍ヶ崎市役所の前を過ぎて、水田の向こうの少し高いところに愛宕中学校が見えてきた。あの辺りが目指す文化会館のはず。
早速、楽屋に案内され、龍ヶ崎市商工会の副会長吉田京子さんと7月の試作会以来の再会を果たす。相変わらずお元気でエネルギッシュな方です。
10時、江上栄子先生の講演を拝聴する。食育をテーマとした昭和チックなお話しにしばし聞きほれる。
戦中、戦後の貧しい食事が現代では豊かになったけれど、核家族化が進み、個食の時代を迎え、両親が共稼ぎで手が回らずスーパーのお惣菜いやファミリーレストランが好まれ、今では大人から子どもまで孤食の時代になっている。これは日本人にとって悲しいことではないか。昔は、学校に通う子どもに持たせるお弁当でも、添えるおかずが無く、子どもから「お母さん、今日も日の丸弁当だと友達にいじめられたよ」と訴えられたものである。そんな時、母は子どもに「いつもすまないねえ、これでも工夫してるんだけどねえ、梅干を真ん中に入れたり、端っこに入れたり・・」
コロッケディスカッションの第1部では、吉田さんのほか、久須見飲食店組合長さんたちが龍ヶ崎市のコロッケによるまちおこしの経緯とこれからの展望について語り合う。龍ヶ崎コロッケ親善大使の五月みどりさんのエピソードが楽しい。「コロッケの唄」ニューバージョンも聞かせていただく。
午後2時、ディスカッション第2部、壇上には各地のコロッケ代表6人と卓上花を挟んで司会の岡山アナ、吉田さん、五月さんが並ぶ。会場には約200人の地元の聴衆が集まり、大湊海軍コロッケをトップバッターに各地の取り組みが披露される。
あっという間に1時間が過ぎて、言い足りない感じで終了。今後のそれぞれのコロッケでのまちおこしの前途を祈念する。
11月3日(月)
朝から空は一面の灰色、肌寒い。
8時に集合して、早速、準備作業に入る。商工会のパソコンを借りて小室早織ちゃん歓迎の横断幕を作成する。
局長の隊長挨拶で気合を入れる。
神 直文さんの息子さん(土浦の大学生)もお手伝いに参加してくれる。一生懸命販売をフォローし、なかなかまじめで手際が良い。キムタク似のイケメンは爽やかでお店の看板ボーイ、寺道さんも気合を入れてコロッケを揚げる。
早織ちゃんも友達と来てくれる。コロッケやお菓子を大サービス。あちこちのブースでもコロッケを中心に行列が出来始め、会場はかなり窮屈なくらいの人出である。神パパは、コロッケコンテストの盛り付けや行列最後尾のプラカードを掲げるなど大忙し。下北まるごと売り込み隊のそれぞれの販売も順調な売れ行きで、下北の宣伝もかなり出来たのではないか。むつ市長も駆けつけ、セレモニーの合間に率先して売り込みをする。コロッケは、ホタテ丸ごとが早いうちに品切れになり、揚げても揚げても行列は途切れない。
午後1時過ぎ、みんな、まだ頑張っているけれど、帰りの時間が来てしまい、途中でリタイア。(その後、2時頃に無事に完売した旨、神さんから報告)
忙しくて手違いもあり、反省しなければならない点もあったけれど思い出に残る「龍ヶ崎市食の祭典」でした。関係者の皆様、ご苦労様でした。
by コロッケ隊長
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